孤独をなくし心が繋がる世界を目指す 株式会社こころみ 神山 晃男 社長

〜家族を持ってからの起業。心が繋がる世界とは〜
株式会社こころみの神山晃男様にお話をお伺いしました。
人物紹介:齊藤
TACHIAGEの起業家インタビューアー。ほっこりする世界観が好き。こころみのサービスに感動し「親の雑誌」をプレゼントしたいと思っている。

 

人物紹介:神山晃男 社長

長野県伊那市出身。10年間、投資ファンドのアドバンテッジパートナーズに勤務。2013年6月に株式会社こころみを設立、2014年2月には高齢者向け会話型見守りサービス「つながりプラス」を開始。劇団に所属経験あり。

高校時代の孤独とそれを救った劇団

幼少期はどんなお子さんだったんですか?
割とおとなしい方で、暴れん坊というよりは泣き虫でした(笑)
末っ子だったので。
そうなんですね(笑)
当時熱中されていたことはありますか?
小学校でポニーを飼っていたので、毎日ポニーの世話をしていたことが一番の思い出ですね。あとは中学校ではバスケ部に入っていました。
高校は私立の慶應に入られたんですよね。
何か理由はあるんですか?
長野県が嫌だったんですよね。こんな田舎嫌だみたいな。
それで高校受験がしたいって両親に言ったらあっさりOKが出たので、じゃあやろうって感じです。
でも本当は東京の高校に行きたかったんですよね。受かった後、どうやら藤沢は東京じゃないらしいと気づいて(笑)
藤沢市は神奈川県ですね(笑)
慶應に入られてからの3年間は結構ご苦労もあったんじゃないですか?
そうですね。今思えばひねくれていただけだったんですけど、世の中を斜に構えて見ていて。バスケ部にも入ったんですけど、馴染めずに1ヶ月くらいでやめてしまいました。それで学校に行かなくなって、暗い高校時代を過ごしましたね。
人間関係が難しかったですか?
そうですね。あとは年齢特有の人生なんて無意味だみたいな。
高校1年生ですでに人生について考えていたんですね。
3年間ずっと暗かったんですか?
いや、高校2年くらいからなぜか演劇をやろうと思ったんですよ。
でも学校の演劇部は恥ずかしかったので、外の劇団で学生も入れてくれるところを探して入りました。そこでお手伝いをやりながらちょっとした役ももらえて、そこでだいぶ救われましたね。
具体的に何を救われましたか?
自分の居場所ができたというか。
ここに居れば役割も与えてもらえますし、悩みも聞いてくれました。
その時の劇団の方には今でもお世話になっていますね。
劇団の方って皆さん年上ですよね?
高校時代に同年代ではなく、ちょっと上の人達と会話できるってものすごい経験じゃないですか?
そうですね。すごく良かったです!
色々救われたし、学べました。高校生にそういうメンターつけたらいいかもしれないですね。
大学でも演劇は続けられたんですか?
大学は劇団ではなく演劇サークルに入りました。
僕演劇のことってあまり知らないんですけど、例えば演劇から学べることってどんなことがあるんですか?
演劇ってプロジェクトなので、公演をやりますと決めて、そこに向けてメンバーを募集してビジョンを掲げて、1つずつやるべきことを片づけていくみたいな作業なんですよね。なのでそこは今でもベースというか肌感覚として残っていますね。
確かにそうですよね。良かったなと思う部分はそういう部分ですか?
あとは演劇はアートですので「人の存在とは何か」みたいなことを考えるメディアでもあるので。そう考えると暗い性格のままだったかもしれないですね(笑)
哲学的な思考がお好きだったんですね。

劇団ではなく就職を選択

そこから就職のタイミングでは、どのような選択肢をお考えだったんですか?
そのまま演劇を頑張る道は考えました。でも、その時劇団の先輩に「就職した後役者になるのは簡単だけど、逆は難しいから一回就職しろ。やめたくなったらやめればいい」と言われて就職しました。
結局その後仕事が楽しくて、役者をやりたいと思ったことはなかったので良かったのかなと思っています。
なるほど。それで一旦就職されたと。
1社目は何をされていたんですか?
ITをベースとした業務プロセスのコンサルですね。どちらかというと私は上流工程のプロセス改善とか決算の早期化など、戦略とITの中間領域のコンサルティングをやっていました。
コンサル会社の1年目って大変だったんじゃないですか?
そうですね。でも楽しかったですよ。
わりと1年目から上司に評価してもらえて楽しくやっていたので、あまりストレスはなかったです。その後、転職してからの方がきつかったですね。
そこはどうして辞められたんですか?
コンサルの仕事ってこうしたらいいですよって言って、後は頑張ってくださいで終わりなので、そこが歯がゆくて最後まで責任を持てる仕事がしたいなと思っていました。
そんな時に先輩が投資ファンドの会社に転職活動をしていて、自分も一緒に受けたら受かった感じです。
なるほど。投資ファンドではどういうことをやられてきたんですか?
投資の選定から評価、事業計画、投資にまつわるトランザクション諸々や、投資実行した後の経営支援など。あとは売却まで、一通りやりましたね。
1番大変だったことって何かありますか?
求められる水準が全然違ったので、できないことだらけで。
まさに朝9時から朝5時まで働く生活でしたね。
うわぁぁ…!
その中でのやりがいや幸せな瞬間ってありましたか?
99%しんどかったですけどね。
でも少しずつですが、3年目くらいから自分のやってきたことが実になってきて、できるようになったなと思うことはありました。
あとは周りの方に「頑張っているね」って受け入れてもらえていたので続けられました。
当時は何のために働いているんだろうって思うことはなかったですか?
それはそれで自問自答はしていましたね。
投資ファンドって外から見るとお金のためにってイメージで見られていると思うんですけど、真実はそうじゃなくて。投資ファンドって「付加価値は何か」ってことをものすごく考える商売なんですよね。
株価だけじゃないってことですね。

そうです。株価って企業が付加価値を生みだしていないとついてこないっていうこともあるし、例えば銀行からお金を調達してそのお金をきちんと返すためには、その会社はきちんと本業で儲けて満足させないといけないので。銀行との関係性みたいなものもただお金を借りて儲けさせればいいという話ではなくて、ちゃんとその過程を共有するとか、納得性の高いプロセスでお金を借りてくることが大事だったりします。

そう考えると周りにいる人や会社に対して、自分がどう価値を出せるかを真面目に考え続ける商売ではあるんですよね。それは楽しかったし、そういうことをひたすら考え続けられる場所にいられたことは良かったと思います。

投資ファンドにはどれくらいいらっしゃったんですか?
10年くらいですね。

孤独をなくし心を繋げるサービス

10年って長いですよね。そこから起業にはどんなきっかけがあったんですか?
特にきっかけってないんですけど、だんだん起業してみたいなと思ってきて。仕事柄オーナー社長さんとお会いする機会が多かったんですけど、この人には勝てないなって感じることが多かったんですよね。それがなぜなのかを考えた時に、一度自分で0から1を作る経験が必要なのかなと思いました。
その時に今のビジネスモデルというか、高齢者とか親を基軸にコミュニケーションを提供するところはこれからやる領域としてあるんじゃないかと思って始めました。
それは具体的にどういうきっかけで思いついたんですか?
きっかけは長野県で暮らす両親です。今は2人いるからまだいいんですけど、いずれ1人になったら寂しいだろうなと思いました。でもいつも自分で電話するのは大変なので、離れて暮らす家族をちゃんと見てくれるサービスがあったらいいなと思って始めましたね。
当時はそういったサービスはなかったんですか?
なかったですね。特にうちは機械で見守りをするのではなく、「話し相手をする」っていうサービスにしようと思っていたんですよ。それで実際団地に行って、直接高齢者の方に声をかけてみました。
怪しまれるだろうなと思っていたんですけど、ほとんど断られることはなくて、皆さん立ち止まって話をしてくださるんです。話しているうちにどんどん楽しそうになってきて。
「みんな話したいんだな。ここは満たされていない領域なんだな」と思い、やってみることにしました。

今思えばその時、高校の時の暗かった自分と照らし合わせて、居場所の無さとか話し相手がいない辛さを思い出して、このサービスをやろうと改めて思ったのかなと。
人の気持ちとか心の動きには前から興味があったので、そこに寄り添える仕事がしたいという気持ちもありましたね。

こころみの一人暮らし高齢者向け会話サービス
つながりプラス
http://tsunagariplus.cocolomi.net/

本当に会話とか孤独をなくすことが長生きにも繋がるらしいですよね。
そうなんですよ。一番の原動力になるので。そこが消えるとそもそも生きる歯車が回らなくなってしまいます。
この会社やサービスをやる上で、神山さんの作りたい世界観ってどのようなものですか?
うちの会社のビジョンは「孤独をなくし心が繋がる」なので、心の繋がる世界を作っていきたいですね。それってみんなが自由で、これでいいんだって思っている状態だと思うんですよね。
義務感などいろんなものに縛られずということですか?

そうですね。義務感とか世の中のこうしなくてはならないとか、そういったものから全部自由になって欲しいですね。

あとはずっと人は長生きを目指してきたのに、老衰で死ねる時代がきた今、誰も幸せそうじゃないんですよ。それどころか歳をとったら不幸だ、迷惑だみたいな世の中になっているので、そこは自由にしていきたいですね。

御社のサービスである「親の雑誌」は、その世界観を作るためですか?

そうです。

こころみの親のための自分史作成サービス
親の雑誌
https://oyanozasshi.jp/

これ喜ばれますよね?
お誕生日プレゼントにするのもいいですよね!
そうですね。
もっとこういうのが当たり前になって、親のこと聞くとか、親にそういう場所を持ってもらうとかその方がいいじゃないですか。
日本にこれからこういうサービスは絶対必要ですよね!
本当にそう思います。

最後なんですけど、将来起業したいけど悩んでいる人たちに対してアドバイスいただけますか?

ひとつは、やったらやったで得るものはあると思います。
見える世界が変わるわけではないんですけど、人と話しててありがたいなと思うポイントが増えたり変わったり、傷ついていたことに傷つかなくなったりっていう変化はあるので、それだけみても起業する価値はあると思います。ただやりたくなったらやってみて欲しいくらいのスタンスですけど。

その時は、またいつでも食べていける逃げ道は用意しておいた方がいいんじゃないかとは思います。
それがあるとしんどい時期に最悪どうにかなるって思えますし、そうじゃないと辛いと思うんですよね。

守りに入るわけではなく、精神的にもその方がいいかもしれないですね。
帰る場所があるからこそより攻められると思います。

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