経営で一番大切なのは「共に働く仲間」を幸せにすること。経営者が本気になれば実現できる 株式会社TRUST 山口社長

高校を辞め、プロのDJを目指ながら、友人の誘いで測量士に。そこから独立し、初めて受注した仕事日とプロDJとして契約できるチャンス日が重なる…その後の決断とは!? 店舗・オフィスの物件探し・設計・施工・Web制作までワンストップで提供するサービス「IDEAL(イデアル)」を運営する株式会社TRUSTの代表取締役 山口一さんにインタビューを行います。

 

人物紹介:山口社長
プロのDJを目指しつつ測量士に。独立後に初めて受注した仕事がまさかのDJとして契約できるチャンスの日と重なるも、とある思いにより、決断する。

 

人物紹介:長堀さん
TACHIAGEを運営するSEASIDE株式会社の代表。ベンチャー企業の社長に広いネットワークを持つとともに大企業の役員クラスから可愛がられる活きのいい経営者。自分より年下の経営者には基本、上から目線。

空間デザインをトータルでサポートする事業

今回のインタビューは株式会社TRUSTの代表取締役 山口一さんです。よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。

まず、最初に。TRUSTの事業内容について教えていただいてもよろしいでしょうか。
弊社のメイン事業は「空間デザイン事業」をやっています。オフィスや店舗の内装デザイン、住宅のリノベーション等です。
「IDEAL(イデアル)」と言うブランドで展開していて、特に強みなのがワンストップサービスです。物件探しから内装のデザイン・施工など。そして、お店の場合はホームページを制作し、ページをただ作るだけではなくてWebからの集客までご提案ができます。
ワンストップサービスとは、ひとつの案件に対してさまざまなサービスが受けられるもの。TRUSTさんの場合は本来ならば不動産が行う物件探しや、設計会社が行う店舗デザイン等を一手に担う。
資金調達の部分も資金調達に強い会社さんと提携を組んで、資金調達まわりのご要望も受けられる体制をつくっているところですね。
すごいですね。業界でいうと建築になるんですけど、ワンストップでやってる会社さんってなかなかお会いしないですね。
そうですね。だいたい「工事だけ」とか「設計だけ」とか、「設計と施工がセット」のところは結構多いんですけど。それ以外の部分で、「これだけ色々なところをサポートできる」っていうのはあんまり聞かないですね。
建築とITはかけ離れているので、Webプロモーションから建築までやれる会社さんってすごいなって思います。
ありがとうございます。

プロのDJを目指しつつ、測量士に

起業までのストーリーをお伺いしたいのですが、もともと建築の測量から始まったのですよね?
初めて社員として勤めた会社が建築測量に特化した会社でした。そこで建築測量の職人として上司や先輩から仕事を覚えて。そこから独立しました。
えーと…社員として働きはじめた時は高校生?
高校2年生の夏休みかな。
へぇええ!!
高2の夏休みに、高校をやめて。プロのDJを目指してて。
「絶対にプロになるから辞めさせてくれ」って、親、友達、担任みんなに「何考えてるんだ」と反対されて(笑)
当時、ヒップホップが日本で流行りだした時代で、プロのDJって本当にいない時代でした。BUDDH BRAND(ブッダ・ブランド)や、KGDR(キングギドラ)とか。その辺が初めてCDを出して、「ヤベェ、ヒップホップカッケェ」ってなって(笑)
そこからDJにはまって。いろんな場所でDJするようになりました。

当時、音源が全部レコードだったんですよ。DJの中のルールみたいなものがあって、人気が出るとすごくレア盤になるんですよ。新品で買うと1枚1,500円ぐらいなんですけど、それが1万円とか2万円とかプレミアがついて。
レコードが高くなるんで、ブート盤って言って海賊版が出るんですよ。それを流すとみんなが「これオリジナルじゃねーだろ」って言ってくるんです。
ってことはオリジナルを買わない奴は、エセDJだ、みたいになっちゃうんです。だからオリジナルレコードばかりを買ってたんですね。
へぇえ、DJにそういったルール的な物があったんですね。
高校生活をしていた時も、授業をサボって、バイトに行って、稼いだバイト代を全部レコードにまわして。大人に負けないぐらいレアなレコードを集めてました。
でも「これ追いつかないな」って思っちゃって、「どうせプロ目指すんだったらとことんやらないと時間も無駄だし、労力も無駄。」「だったらもう学校を辞めて、この道で行くぞ」と決めて。
ぶっちゃけた話を伺いたいのですが、DJって儲かりますか?
当時は儲かってないと思います。ただ。そこにチャンスはあったんですよ。
儲かるDJがゴロゴロいるような業界ではなかったので、有名なDJも一握りでしたし。今からそこに参入すればシェアは取れると思いました。早い方がいいっていう。

なるほど、それもう企業経営みたいな発想ですね。
そうですねぇ。根本がそういう性格なんでしょうね(笑)リスクとって、チャンス狙いに行く、感覚しかなかったんで。
当時、高校2年生ですもんね?
そうですね、相当クレイジーだと思いますね。
その後、測量士として独立されたっていうのは、きっかけはご友人からのお誘いだったんですか?
中学の同級生が先に入社していて、「人が足りないから手伝ってくれないか」って言われて。入った後に、同級生はすぐやめたんですけど(笑)ものすっごい怖い親方がいて。怖すぎて同級生も追いつめられて、半分うつ状態。そこに当て込められたかんじです(笑)
社長からも、「あいつについたら3ヶ月もったやついないから。きつくなったら言えよ」とだけ言われて。まあ、きつかったっすね。
今の時代からすると考えられないような?
考えられないですね。殴る、蹴る、物を投げる、ひどい時は1ヶ月無視をするっていう。基本的に二人一組で仕事するんですよ。親方がいて、そこに付けられるんで、朝から晩まで毎日一緒なんですよ。それで1ヶ月無視って超キツイですよ。
「おはようございます」って言っても無視、「今日の仕事内容教えてください」って言っても無視。勝手に仕事始めちゃうんで、何かしなきゃと思って親方が仕事する付近の掃除を先にしておくとかしてました。
そうすると、「余計なことするんじゃねぇ!」ってハンマーで殴られたりとか。

えぇ!?
先回りして何か仕事してると、その仕事が正しかったとしても、「余計なことするんじゃねぇ、やり直せ」とか。
結構癖が…
相当強かったですねぇ。
でもそこでも実力が認められて、チーフを任されてるんですよね?
まず主任になって、課長になって、いつの間にか小さい会社だったのでナンバー2になってました。上の人がどんどん独立とか辞めたりしていき、いつの間にかナンバー2でやってたっていう。
社長から独立早くした方がいいんじゃないか?って話があったとか。
そうですそうです。
すごい会社ですよね。
すごい会社なんですよ、クレイジーで(笑)
当時、働きながらDJをされてたってことですよね。
そうなんですよ。

独立後の初仕事、同時にプロのDJになれるチャンスを得るも…

本気で測量の会社で個人事業主として独立したタイミングが、DJプロ契約のイベントと重なったっていう…?
そうです。当時、頼まれたDJが、外資系の企業のプライベートパーティーとかを運営してる大手のイベント会社でして。
そこのプロデューサーに気に入られ、毎回パーティーに呼ばれてギャラももらってました。
「本格的に契約したいから、次のイベントで役員を呼ぶよ。役員もオッケー取れたら契約だから頑張ってね」と、言われる段階まで行ってて(笑)。
チャンスが来たんですね!

それと、独立して仕事も並行してやっていまして。イベントの話は後から来たんですけど、初めて受注した仕事とイベントがまさかの同じ日になっちゃって。
DJはずっと自分の夢で、叶えるために高校やめて、叶えるために仕事をしてきて。普通だったら夢を叶える…と思うんですけど、仕事を選びました。
なぜ仕事を選んだかと言うと、独立した時に、前職の部下が勝手にやめて一緒に仕事したいって押しかけてきていて。「辞めちゃったの?」って聞いたら「辞めちゃいました」って(笑)
まだ仕事も取ってないのに。結婚したばかりで子供ができたやつとかに「お願いします」って言われて。一人でやるつもりだったんですけど、いきなり二人下についちゃったんで…これは、見捨てることはできない、と
もちろん悩んだんですけど、どっちを選ぶか。ずっとプロのDJを目指してやってきて、プロの契約の話が来るってことは、「自分がやってきたことは間違ってなかったんだな」と。第三者からそう言われるってことは、「自分にはそういう実力があるんだ」って思ったんですね。
今、契約できるような実力を持てた自分がいるってことは、「いつでもプロのDJになれるじゃん」って思ったんです。
うん、うん。
でもやっぱり、頼ってきた後輩や部下がいる中で、「自分の個の夢を選ぶ必要は無いな」って純粋に思ったんですね。それで腹落ちして、仕事の方を選びました。
立ち上げのきっかけと同時に、山口さんの人柄を知れました。
創業者って起業するために目標を持ってるじゃないですか。そういうの全くなかったんで、
本当にど素人の経営者なのに、独立するきっかけがあって、人がいて、そういう選択肢をして。そこからスタートしました。
泥臭いですよね、本当に。見切り発車にもほどがある(笑)
こういう会社の立ち上げもあるんですね。

経営者として大事にしていること

今、ベストベンチャー100にも選ばれて、ここまで順調に成長されてきていて。失礼な表現ですけど「ど素人の経営者」が、今ここまで業界で注目される経営者になる上で、何を一番大事にされてきたんですか?
本当に創業当時から大事にしているのは、「仲間」。ただそれだけですね。
自分がなぜ経営をやってるんだろう、なぜこんなにもリスキーなことやってるんだろう。やっぱり、辛いじゃないですか会社経営って。良い時も悪い時も極端すぎるんで。何のためにやってるんだろうって一時期すごく考えたことがありました。
それが、「仲間がいるからやってるんだって」、「仲間を幸せにするために経営をより磨いて、みんなを幸せにしよう」って。それが天職だって思った瞬間がありました。
そこが本当に創業当時からそれはブレていないところですね。
社名になっている「TRUST」の本来の意味って、「信用」とか「信頼」じゃないですか。それは仲間を意識してですか?
もちろんそうです。

リーマンショックを受け、多角経営を目指す

法人化されたのが2010年なんで、その前にリーマンショックがありましたよね。経営危機というか、一時的に受発注途絶えたと思うんですけど、それはどうやって乗り越えられたんですか?
リーマンショックの時は、今では考えられないぐらいめちゃくちゃ不景気で。決まってた仕事もどんどんパァになる。きついですよね。みんな口を揃えて不景気だからしょうがない、不景気だから今は我慢して頑張ろう、みたいな。
個人事業主だったし、ブランドもない。財力もない。人も少ない。でも人はいるんで、食べさせ続けなきゃいけない。そういう責任を感じていました。それまではある一定の企業からの受注が100%だったんですね。
その企業も、下請け孫請けから切っていくんですよ。社員だけ食べさせるのに必死だったんで。その時に思ったのは、一つの業界で一つの事業だけで会社を守ること、みんなを守る事ことってすごくリスクなんじゃないかなと。
そこで、多角経営を考えました。現実的に、不況を目の当たりにした時に、生きるためにどうしようって真剣に考えた結果が今の多角経営に繋がっています。
でも、社会人になって建築測量っていう仕事だけを覚えて、その専門家として独立して、何も知識ないんですよ。飲食も経験ないし、ITも経験ないし、ありとあらゆる業界がわからない。
多角経営するにも、どういった事業を選ぶかって時にやっぱり建築と近いところ、しかも自分の好きなものじゃないとできないと思ったので。まずは内装の設計施工の部署を作ろう、っていうのがきっかけですね。
でも、当時はつてもないし、営業の仕方もわからないし、内装をやる仲間もいない。どうしようって思った時に、「まずは仕事がこないと始まらない」と思って。リーマンショック後に、流行りだしたTwitterのアカウントをつくりました。
プロフィールに「内装の設計・施工できます」って一番上に書いて。もちろんやってもないのに、さもできますみたいな感じで(笑)Twitter投稿の仕方もわからないけど、とりあえず上げようと思ったんです。

当時、たまたま住んでいた家で漏水があって、そのときのクロスを張り替えてる様子をTwitterにアップしたんですよ。「今クロス貼り替え中」みたいな内容で。
そうしたら、それを見た内装の設計会社さんがちょうどその投稿を見ていて。たまたま内装のできる会社を探していてそちらから連絡がきたんですよね。
電話を受けた事務のスタッフが「内装の仕事を頼みたいっていう会社から連絡あったんですけど」って言われて、「よしっ!」みたいな。その当日の夕方にアポをとって、もともと内装の仕事をやっていたスタッフを連れてそこの会社に行きました。
会社に行ったら設計の方が図面広げて待ってました。専門用語で細かい話をされて、「そうですよねー」みたいな、わかってるフリをして(笑)連れて行ったスタッフは超苦笑いしていて。そのあと「あれはやめましょう!」って言われたんです。
「あれは、事故になりやすい案件なんで、どこもやりたがらないんですよ。マジで社長、やめてください」って言われちゃって。それでも「うちがやんなくてどうすんだよ!」って(笑)。会社戻ってすぐ職人集めしたんですよ(笑)
2週間ぐらいしかない状況で、タウンページの欄をかたっぱしから電話かけまくってなんとか集めていました。
でも、一番重要な大工さんが見つからなかったんです。

その日の夜に大工工事をやらないと終わらない行程だったので、どうしようかと思っていて。
当時、建築測量の現場にも入ってたんですけど、そこの現場の腕のいい大工のおじさんに相談しました。「しょうがねぇなー」と言いながら、手伝ってくれることになって。
それで現場に連れていって大工さんはびっくりしちゃったんです。「これ、内装じゃねぇか!」「バカやろう、俺は内装の大工じゃねぇんだよ!」って言われて。
内装の大工さんって造作大工さんっていうんですけど、その人は全く違う大工さんだったんです。大工さんに種類があるなんて当時は知らなかったんです。
「できないの?」って聞いたら「できねぇよ!」って言われたんですけど、「とりあえずいいからやってみて」って(笑)なんとか収めました。
この話、本書けますよ(笑)
そうですね(笑)とにかく当時は「なんとかなる」っていう根拠のない自信でやってましたね。「なんとかなる、なんとかさせる」って。いろいろ迷惑だったスタッフも多かったと思うんですけど。
奇跡的にうまく収まって、評価も高くて。利益も出せて。毎月そこから発注してくれるようになりました。
すごいですね!信頼を獲得したんですね。
一発目がちゃんとできたんで。それが立ち上げのきっかけですね。
いやぁ、面白いなぁ。

考えておきたい「事業の撤退ルール」

いろいろな事業に挑戦されてて、撤退もされてますよね?
してます、してます。
逆に、新規事業立ち上げて、撤退するときのルールみたいなものがあれば教えて頂きたいなーと。
そうですね、むやみに事業立ち上げるなっていうのはみんなに言いたいですね(笑)
本当に、経営者とか創業者は新しいことやりたがるんですよ。ちょっと会社が回ってるぐらいだったら、チャレンジしちゃうんですよ。
基本的に、会社が回っている状態で黒字であれば銀行からも融資できますし、資金調達しやすい状況なんですよね。そういう状況で融資をどんどん勘違いしてもらっちゃうんですよね。
「これは投資に当てて良いお金なんだ」って思っちゃうんですよ。
基本的に銀行の融資って会社規模に合せて融資されるので、あくまで運転資金としてプールしておかないといけないんですよね。それを当時、誰も相談する相手がいない中、経営者の書いた本を読んで、「とにかく金は借りろ」っていうのが頭に叩き込まれてまして。
「金を借りることが善」だと思って、バンバンお金を借りたんですよ。
当時5億いかないぐらいの会社規模で2億の融資を受けていて、周りからありえないと言われて。それだけ銀行からは期待されてたんですよ。「これはいける!」と思って新しい事業をどんどん出して、どんどんキャッシュが目減りするんですよね。
ただ根拠のない自信がベースとしてあるんで、いつかこうなる、みたいな。今はこうだけど、「ハネるタイミングが近い将来にある」って勘違いしてたんですよね。
それがないと、完全にこのライン下に突っ込んだ状態でショートしちゃうんですよね。ショートすると、手の施しようがなくて。チャレンジした年の初めに借りた5,000万ぐらいが、いつの間にかなくなったんですよ。
すぐになくなって。「もうないの?」って経理の人間に確認して。時すでに遅しで、どうにもならなくなっちゃいました。そこで、色々な専門家の方に相談です。財務状況も全部見せると、「これは会社をたたもう」って言われて。
絶対嫌だと思いながら色々な人に相談したんですよ。
事業再生のプロや金融やってるプロとかに、何かしら方法はないかと思って。ありとあらゆる人、全員が「潰した方が良い」って言うんですけど、絶対嫌だと思ってましたね。
最後に紹介してもらった税理士さんがすごく良い人で、資産表だけじゃなくて、「資金繰り表見せてください」「その表も細かく一緒に見ていきましょう」と言ってくださいました。
「今できることは、入金のスパンをいかに早くできるか、支払いをいかに遅くできるか。それでなんとかやるしかないです」と。
その時はお客様に言われた支払い方法をそのまま受けてたんで。改善の余地があったんですよね。毎月資金ショートギリギリでしたけど、入金ベースを早めることでなんとかうまく回してました。
それをやるにしても今まで以上の売り上げと利益を出さないと来月潰れるかどうかっていう時だったので、赤字の事業をすぐに辞める決断をしました。
そして、今の状況を全スタッフにきちんと話すこと、みんなの力を合わせないと乗り切れないってわかったので。赤字の事業をやってたスタッフには申し訳なかったですけど、事情を話して。なるべく救済できるところは救済して、アルバイトの方はごめんなさいして。
色々なことをしてきて、今があるっていう感じです。
会社の延命措置がされた後、現場の方々が一致団結し、出てきたアイデアが『空間づくりからWebまでプロデュースをするIDEAL』だったんですか?
そうですね、みんなの意見もあったんですけど、ぶっちゃけIDEALのブランドを立ち上げた時は反対されましたね。業界経験者も何人も入ってたんで、スタッフからも「また、新しいことやるんですか?」「この業界でウェブの集客は通用しない」って言われてたんですよ。
でも今ある事業を存続させるのが大前提で、今の事業のやり方じゃ同業他社と差別化できない。今後、業界のことを考えたら『今からウェブ集客に特化するブランドを作っておかないと、数年後に勝てなくなる』と思ったんで。
「業界で当たり前じゃないことをしなきゃいけない。」「それがゆくゆく会社を救うことになるんじゃないか」と思って始めたのがIDEALです。
その時は先を見据えた新しい事業を作ったんですね?
そうですね。銀行とかの外からは新しい事業って見られないように。すぐ怒られるんで(笑)
あとその時、事業の撤退ルールを明確に決めました。
基本的には黒字であることが大前提。前期、赤字を出した事業は、後期が終わる前に黒字転換しなかったら撤退。半期で逆転できるんだったらいいよ、と。
期日ってやっぱり大事ですね。
本当に大事です。
本当に素敵なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
ありがとうございました。

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