Google Cloud Platformを全ての人に クラウドエース株式会社 吉積 礼敏 取締役会長

Googleに魅入られ世界一を目指した吉積様にお話をお伺いしました。
人物紹介:大熊
とにかく好奇心が旺盛。やりたいと思ったら我慢が出来ないことも。

 

人物紹介:吉積礼敏 取締役会長
東京大学工学部卒業後、アクセンチュアに入社。2005年に吉積情報株式会社を設立し代表取締役に就任。2016年にはクラウドエースを分社化し、代表取締役に就任。東大卒のエリートだが勉強が嫌い。自分に嘘をつかない生き方を実践している。

多忙すぎる学生時代

幼少期に熱中されていたことはありますか?
親が習い事魔みたいなところがあって、すごい量の習い事をしていました。スイミングスクール、スポーツ教室、書道、絵画、ピアノ、そろばんもやっていましたね。
すごいですね!
中学校に入ってからも習い事は多いままだったんですか?
いえ。中学、高校は愛媛県の進学校に行って、そこでは寮生活だったので習い事はなくなりました。
そうだったんですね。その分の空き時間はどう使われていたんですか?
進学校だったので、勉強の時間が多かったです。部活では剣道もやっていました。
平日は剣道をやって急いでご飯を食べて、すぐ寮の学習室という所で閉じ込められて学習するという生活で、中1の頃から18:30~20:00まで、その後20:30~22:30まで学習時間というものがありました。
えぇ!!
習い事の数は減ってもスケジュールは一杯だったんですね。
そうですね。でもその間もちろん勉強だけやっていた訳ではなく、漫画読んだり寝たりもしましたよ。中学の頃からなかなか大学受験に向けて真剣にやれる人は少ないですからね。土日は寮のみんなで朝から晩までサッカーをしていました。
想像できないくらい多忙なスケジュールですもんね…。
僕は小学校の頃から勉強はできたので、親に東大にいけと言われていました。
でも寮がすごく厳しいので、長期休暇は遊びたいんですよね。ドラクエとかゲームも大好きでした。なので、東大には行くから勉強のことは言わないでくれと言い張って、長期休暇で家に帰った時は遊んでました。でも有言実行はしましたからね。
すごいですね!
東大は余裕で受かったので、勉強しすぎてしまったと思って(笑)
合格は確実だと思っていたので、合格発表の前に部屋を決めちゃいましたからね。いい部屋が埋まる前にと思って、人生で一番大きな買い物をしました。
かっこいいですね(笑)
大学に入られてから起業をしようと思い始めたんですか?
いや、小学校高学年の頃から30歳までには起業しようと決めていました。

勉強はできたので周りから博士か大臣になれと言われていたのですが「勉強嫌いなので博士無理じゃん。性格的にも大臣には向いていないし、じゃあ社長やろう」と。そのくらいの感じでしたね。それにあたって学歴はあっても困らないので東大に入りました。

東大に入った後は、どのような活動をされていたんですか?
いかに勉強をせずに卒業するかを考えていました(笑)
あとは起業する上で何が必要かは考えるようになって、バイトはかなりやっていました。

なので学校には全然行っていなくて、自分より学校に行かずに留年しないで卒業した人は少ないと思います(笑)
そのくらい徹底して勉強はしないようにしていました。
今となっては高名な先生もいたので学びたいなとか、勉強したいなと思うこともあってもったいないことをしたと思いますけどね。

そうだったんですね。
大学3年、4年で学部学科を選び直すんですけど、1、2年の成績順で選べるので自分は選べないと。
ただこれからはパソコンだと思っていて、パソコンを使えないと仕事ができないだろうと何となくわかっていたので、パソコンに触れる学科を選びました。

自分に向いている企業へ就職

その中で就職先はどのように選ばれたんですか?
起業するにあたって、若いうちから1番勉強になるのは経営者の近くで仕事をすることだと思っていました。なので、商社とコンサルに絞って就活をして、コンサルの会社に入りました。
なるほど。
その会社で一番学ばれたことって何ですか?
自分はプログラミングができたのでテクノロジーにまわされてしまい、そのため経営者とはあまり仕事はできなかったんですけど、コンサルティングという実態のないサービスを提供する達成感、お客様にコミットすることは学べましたね。
転職は考えなかったんですか?
その後、そろそろ転職しないとなと思っていた時、自分の会社がアメリカに本部がある小売業者向けの管理システムをアジアに売る子会社を作ることになりました。

日本の上位20社の小売業者を上から攻めていくとか、アジアでも同様の活動をするとか、ワクワクする内容でしたし、当時その管理システムパッケージ自体の言語変換の部分などは世界で自分が一番詳しかったので必要だと言われてそこに移ることにしました。

子会社に移ったんですね。
一時期転職活動もしていて、他に移りかけたのですが、子会社なら待遇も変わらず一からベンチャーを立ち上げるような経験も出来そうなのでいいかなと。

30歳までに起業

そこから起業に至るまでは、どういった流れがあったんですか?
もう時間がないというのと、激務で他のことができなかったので29歳の誕生日で子会社も辞めました。

そのあと少し、と言っても2,3週間ですけど遊んでいたら、元上司から仕事の依頼を受けて法人の準備をして作ったのが吉積情報株式会社です。

それからクラウドエース になったきっかけは?

Google Cloud Platformですね。
最初は前職のコンサルと同じ仕事をしていました。
他社だと300万位のコンサル単価になるのですが、僕が業務委託で半額位でできるので。それでもお金が余ったので、人を4~5人雇ってWebシステムの開発もやっていました。

そしたら東急ハンズにいた友人と寿司を食べている時に「Google Apps 知ってる?」と聞かれて。「面白いと思ってる」と言ったら「うちに提案してくれる?」と。
すぐに提案書を持って行きました。「何でもやる」と言ったのはお前の所だけだったということで、名もなき吉積情報に発注してくれたんです。

すごいですね。
そこからGoogleさんとのお付き合いが始まりました。
その後「Google App Engine」が発表されて、それに惚れ込んでしまいました。
「これ最強じゃん」「俺の今の仕事なくなる」と思って飛び込んで、これで世界一になろうと思いました。

そこから、数年してGCPというインフラの事業が始まった時にGoogleさんから相談を受けて始めることになりました。当時Google製品が好きなエンジニアのエキスパートの人たちってKPI叩くのは好きだけどインフラには興味がないんですよ。

でもGCPはインフラが得意な人が必要だと。
そこで「吉積さんインフラ得意だったよね。」と言われて、ちょうど私もGAEというPaaSの仕組みだとなかなか世の中着いて来ないので、マーケットに寄り添った進め方が必要だなと考えていたので、必要なことだなと考えて始めたのがクラウドエース です。

最初は砂漠に水を撒くような感じで全く受けなかったんですけど、3年位して日本にデータセンターができるタイミングでやはりすごく盛り上がっていい感じになりました。

準備がしっかり出来上がっていたんですね。
そのまま続けてもそれなりの成長はしたとは思うのですが、大きな会社に一気にシェアをとられて2番目、3番目になるのが嫌だと思いました。なので、クラウドエースのサービス自体を分社化して他から資金を入れようと決めて2週間で子会社を作り、自分が社長になりました。
すごいスピード感ですね!勉強になります。
最後に学生やこれから起業したい方へメッセージを貰えますか?

正直にやるのが一番いいなと思います。
今の世の中、簡単には死んだりしないし、食べるのに困ることはないと思うので。

なので嫌いなことをやるよりは自分に正直にやる方が精神衛生上いいと感じていますし、そういった生き方をするのが良いと思いますね。

僕は自分の決めたことをやるのが楽しいと感じています。
自分を偽って無理をするのはやめた方がいいとは思いますね。

あと、僕の経験上、何かの不満を他人のせいにする人にできる人はいませんでした。他のなにかのせいにしていたら絶対に何かのせいにできちゃうので、成長しません。もしできる人になりたかったら、絶対に人のせいにしないと心がけた方がいいなとは思っていますね。

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