ベンチャー支援とミドル世代を活性化する 株式会社JY LINK 河上 純二 社長

企業のマネージメントから、フリーランスをベースにキャリアチェンジし新たな働き方を世の中に提示する河上さん。その真意を伺いました!
人物紹介:大熊
TACHIAGEの起業家インタビューアー。元気と好奇心が取り柄。気合いを入れるときは必ずコーヒーを飲む。

 

人物紹介:河上純二 社長
中央大学法学部卒の元プロダンサー。6社を経験し、1年半前にフリーランスに転向。

学生時代の過ごし方が現在にもつながる

幼少期はどんなお子さんだったのですか?
ひとりっ子なので寂しがりやでした(笑)
兄弟がいないので友達付き合いを1番大事にしていたと思います。

そこで気づいたのが23、4歳の時に毎年年賀状をグリーティングメールで送っていたのですが、それがいつの間にか2700件くらいになっていたんですよ。
その時に人のつながりがなんとなく自分の1番価値であり、特徴なんだなということに気づいて、より人付き合いを大事にするようになりました。

学生時代からフリーランスや起業を目指して過ごしていらっしゃったのですか?
いいえ、あの当時は起業を目指すということ自体珍しかったので、特に口にすることはなかったです。

でも形は違うけれども、学生ならではの活動としてはインカレって言われているような、大学を飛び越えていろんな企画やイベントを仕掛ける取り組みはしていました。
それで500人〜1000人くらいの団体でたくさんの学生を連れてツアーとかも企画しました。

それもある意味では商業的な取り組みではあったと思うのですが、起業とか事業、会社として捉えてなかったのでそれは今とは全然違いますね。

すごいですね。そんなに大きな団体を動かされていたんですね。

入社時の壁と11ヶ月目の転機  

その後1社目のマルイさんに入社されて一番学びになったことは何でしたか?
最初はどうしようもない社員でした(笑)
入社してすぐ紳士服売り場の現場配属になったのですが、「なんで俺が現場配属なんだ」と最初は腐っていましたね。

当初はその調子だったので最初の10ヶ月くらいうだつの上がらない、1番成績が上がらない社員でした。
しかし、11ヶ月目に転機が起きて実績が出せる社員に変わりました。

そうだったのですね。どんな転機が訪れたのですか!?
僕の売り場に本社からカリスマバイヤーとして有名だった方がフロアマネージャーとして配属されたんです。

その方は最初から本社に配属されていて、カリスマバイヤーとして第一線でやられていたので売り場は初めてだったんですね。
売り場の仕事自体に慣れていないので、正直売上もそこまで高くはなかった。

でもそんな彼が一生懸命接客をしていて、優秀な人でもあんなに一生懸命にやっているんだという姿を見せてくれたのがまず1つです。

その姿にとても衝撃を受けたんですね。
もう1つは、仕事の面白さを教えてくれたんですよ。

それを僕は魔法のシートと呼んでいるのですが、「河上さんこれからこのシートを毎週つけてください。そうすれば売り場がわかるようになるよ」と言われてA3の表になっているシートを渡されたんです。

今思えばそれは売り場がアイテム別、ブランド別に切られていて、それを数字で追いかけることが出来る分析シートだったんです。
当時は何もわからず裏で書き写していただけだったのですが、それをやっていくうちに変動が分かってきたんですよ。

変動ですか…?
はい。僕は売り場には知的活動はないと決め付けていたんですが、たくさんの戦略がひしめき合っていることがわかってきました。

そうすると現場の課題や改善点が見えてきて、それをやってみると翌週の数字が上がったりする変化を感じ取れるようになってきたんですよ。

それで仕事が楽しくなってきて、急激に接客も積極的になってくる。
それに連動して周りの従業員にも伝染して相乗効果でもっと良くなってくるんですよ。

そこから認められて出世コースに話が切り替わっていきました。
今でもその方にはとても感謝しています。

デジタルの世界に参入

そこが本当に大きなきっかけだったのですね。
その後はなぜ転職に踏み切ったのですか?
店長にも評価していただいていたのでとても充実していたのですが、ある日突然静岡に異動だと言われました。

僕は東京を出たことないし、なんで静岡に行かなきゃ行けないのだろうと憂鬱な気持ちで静岡に行ったんですよ。

今考えればそれも大企業の宿命だというのはわかりますけどね。

静岡に行ってからはすぐそちらの生活には順応できたのですか?
最初のうちは1人ポツンとしていて仕事が7時に終わる事だけが楽しみでした。
仕事が終わったらるるぶ静岡を持ってすぐに秘境温泉に行くみたいな(笑)

でも田舎町に住むマネージャーやお店の人たちとも仲良くなって人情に触れてきて、なんとなくこれもいいなと思ってくるわけですよ。

静岡の生活にも慣れて、また新しい価値観に触れたんですね。
そうですね。ただその当時マッキントッシュ、今で言うアップルコンピューターに出会いまして。フォトショップとかイラストレーターなど、デジタルクリエイティブができるサービスが出てきて、僕もそういうのを買っていじり始めたんですよ。

さらにテレビではパナソニックなどが「時代はマルチメディア」と言っていて、「いいなーこういうことできたら楽しいだろうなぁ」と思っていました。

その時にデジタルハリウッドの2期生の受験概要が出たので受けてみようと。
それで受かったら思い切って道を切り替えてみよう。
ダメだったらまた考えようと思い、面談、試験を受け、無事受かりました。

それでデジタルハリウッドに通うことになるんですよね。
それがマルイをやめてデジタルに触れて行くきっかけです。

なるつもりのなかったフリーランス

それからデジタルの道に入って、フリーランスになられたのはどういった経緯だったのですか?
もともとフリーランスになるつもりなんてなかったんですけどね(笑)

企業で仲間たちと働くことは楽しかったし、比較的新規事業の立ち上げや事業推進や組織のマネジメントなど自分の好きなことはできていたほうだと思いますし。
なのでこのまま企業の中で生きていくんだろうなと思っていました。

なるつもりのない中でフリーランスを選ばれたのはなぜですか?
気になります。
きっかけは自分の周りに死というものを実感することが起こったことですね。
私は幸せなことに45歳まで祖母のお葬式に1度いったくらいで、周りに亡くなった人が友人、同僚含めてほとんどいなかったんですよ。
なので、自分にとって死というものが全然身近にありませんでした。

それが45歳超えてから、ある日起きたら元気だった友人が突然亡くなっているのを奥様が発見してというようなことが同世代で3人出ました。
それをきっかけに、私も明日ということもあると死や人生を考えるようになりました。

そこに働き方改革の文脈で、様々な自分にあった働き方やスタイルが提唱される時代背景もかさなって、たどり着いたのが「自分らしく生きる」みたいな事で、それをもとに行動していったらこうなりました。

今の時代の流れと、自分の周りの環境に変化が起きたことがきっかけになったのですね。

友人が今の自分の形を作った

フリーランスを始めた当初の仕事はどのように取っていたのですか?
有難いことに、今は友人、知人から様々なお声がけをいただきます。

今は顧問アドバイザーみたいな形が多いですけど、この仕事の形も自分で望んでいたわけではなく、友人からのアドバイスでこうなりました。

まず友人が「純二さんなら顧問アドバイザーみたいなことができるんじゃないですか」と言ってくれたのがきっかけです。
次にいろんな友人に会い始めたら「純二さん手伝ってよ。」と言ってもらうようになりました。

仲のいいベンチャー社長が「河上さんにお願いしたいこと」っていうファイルを作って送ってくれたんですよ。それが非常に僕の得意なポイントが見事にまとまっていて、今でもそれを使わせてもらっています(笑)

だから友人からの一言、友人が送ってくれたファイルこの2つが今の形を作ったきっかけです。

そこも人脈と友人の大切さを感じるきっかけになったんですね。
あとは40代、50代の方の支援の様な活動もされていますよね?
今、会社をいくつか作ってあって、1つはベンチャー、スタートアップの支援。
これは私も活きのいい夢あふれる社長や未来を変えるようなベンチャー企業にいつまでも携われたらなと思ってやっています。

もう1つはパーソナリティーやコメンテーター、モデレーターをやっているところがあるのですが、こちらは40代、50代のミドル世代が安心してチャレンジできる社会みたいなものに少しでも貢献できたらなと思っています。

具体的な取り組みとしては、ミドル世代に向けたラジオ番組だったりとか、40代50代の優秀な人たちを集めてセルフブランディングをしてあげて、社会価値を上げてあげる事で仕事ができるようなプラットフォームを作ることなどを構想しています。

フリーランスをして良かったこと

フリーランスをやって良かったなと思うのはどういった部分ですか?
人によるのかも知れないけど、いろんな人に出会えてとても楽しいです。
またいろんな人に会っていないと仕事できないので、自分の性格に合っているなと思っています。
あとは顧問アドバイザーみたいな立ち位置のことが多く、自分が様々なことを持ってこなくてはいけない立ち位置になることが多いので、人脈を広げて仕事の幅を広げないといけません。

また新しい仕事に出会うためにも、いろんな人に会う場にいなくてはいけない。
でもこういう性格なので苦ではなく、むしろそういう場を調整することも得意なので、自分を活かせていて楽しいと思っています。

学生や未来の起業家へのメッセージ

最後に学生や起業を目指す方にアドバイスをお願いします。
この間記事で最近の学生の安定志向が高まってる調査結果を見たのですが、この時代まず大きな会社にいるから安心だって考え方はやめた方がいいですね。
自分たちでお金を稼げない限りは大きい企業にいてもリスクは一緒だということを噛み砕いて、人生設計した方がいいと思います。

学生起業はいきなりやるよりは、まずは活きのいいベンチャーにジョインするのが1番いいなと思っています。
それは20代〜30代前半の先輩の起業家でいいと言われているベンチャー企業の社長は本当に気合も入っているし、ビジョナリストも多く、学ぶことはとても多いと思うんですよ。

だから学生からやってもいいと思うんですけど、「なんでこのベンチャーイケているんだろう」「なんでこの社長注目されているんだろう」っていう先輩目線を見せてもらってから打って出るのが大企業に行くよりも1番いい選択肢なんじゃないのかなって思います。
なので、選択肢として僕はこれを1番おすすめしたいなと思っていますね。

もう1個アドバイスは、人生論みたいになりますけど「10年後のために今やりなさい」と言っています。
今やっていることは10年後に必ず帰ってきますから。
これはアドバイスとして絶対伝えられる自信があります。

僕も48歳でこういうことができているのは10年前からこういうことをしていたからできているし、今20代の方は10年後の30代のために、今30代の方は10年後の40代のために活動を積み上げてほしいと思います。

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