技術を育て、企業を育てる 株式会社フルネス 古川 正寿 社長

継続することを武器に地道に事業を伸ばし続けてきた、古川CEOにお話をお伺いしました。
人物紹介:大熊
TACHIAGEの起業家インタビューアー。元気と好奇心が取り柄。猫を4匹飼っている。

 

人物紹介:古川正寿 社長
株式会社フルネス 代表取締役CEO。現在は、IT全般における教育、コンサル、書籍執筆などに従事。幼少期は百科事典を愛読。趣味は釣り、ドライブ、読書。

好きなことに打ち込んだ学生時代

小学校の頃はどういったお子さんだったのですか?
友達とスポーツをしたり遊ぶのが好きで、幼少期は、いわゆる「やんちゃ」でした。
小学校5年生の時にお年玉でギターを買い、中学校の頃に軽音部に入部して本格的にギターを始めました。
音楽の道へ進もうとは考えなかったのですか?
考えていましたね。ジャズとか歌のないアンサンブルの曲が好きだったので、その道で進もうと思っていました。
高校は音楽の道を考えて選んだのですか?
そこは迷いました。僕は親戚がデザインの仕事をしていて、興味があったので高校は都立の工芸高校のデザイン科を受けました。
軽音楽部もあったので、興味のあるデザインを学びつつ大好きな音楽も続けていました。

思い悩んだ末、就職を決断

そうだったんですね。その後は高校から就職を選ばれたのですか?
いいえ、推薦してもらってデザイン系の大学に行きました。

でもその時期は音楽にのめり込んでしまっていて、大学には入学したのですが半年で辞めてしまいました。
学校に行っても授業には出ずにバンドの練習ばかりしていて、でも音楽で食っていけるか?という不安な気持ちもあったので、ずっと葛藤していました。

その時にちょうどコンピューターグラフィックを特集しているテレビを見て、これからはこういう時代がくるのかと思い、興味を持ち始めました。

このままじゃいけないという気持ちがあったんですね。
すぐに親に相談して「コンピューターの勉強をしたいから専門学校に行きたい」と伝えたら猛反対を受けまして。
それならまずは自身でパソコン技術を学んで、その後デザインを勉強しようと思い、コンピューターを学べる企業に就職しました。
そこでコンピューターの基礎を学ばれたんですね

続けることの重要さ

新入社員の時は専門用語がわからないし、先輩からも毎日叱られていました。

そこで自分の知識量を補うために、電車の行き帰りは本を読んでいました。
それも1日30分や1ページなど、無理のない課題設定をして、絶対に途切れさせないことを心がけていましたね。

三日坊主になる方って詰め込んでしまいますよね。
そうならないようになさっていたのですね。
三日坊主タイプの方って詰め込んでしまって、疲れてやらなくなってしまうんですよね。
それじゃあ何にもならないだろうと思って、1日1つでもいいから何か知識を得る時間を作るようにしました。
たとえ30分でも1年経つと×365日なので、トータルで考えたら結構大きい時間になるんですよね。
なるほど。それは大事ですね。
1社目で洗礼を浴びたということだったんですけど、そのような経験から学ばれたことは何だったんですか?
今はどこのオフィスも禁煙が当たり前。
でも当時はまだそんなことが無かったのでデスクに灰皿がおいてあり、先輩や上司に同じ質問を3回すると灰皿が飛んでくるんですよ。
最初に飛んできた時は凍りました。

このままではまずいと思い、職場の中で教えてもらったことや走り書きでとったメモを家で綺麗に清書して見返すようになりました。
それを2年くらい続けたら、自分の辞書のようになったので、その経験は非常に宝になっています。

そんな厳しい環境だったのですね…!
じゃあ1社目で学んだことはコンピューター技能はもちろんのこと、続けることや同じミスはしない大切さも学ばれたのですね。
その後起業しようと思ったきっかけは何ですか?

パソコン1台で独立

5年くらい仕事をすると知恵がついてきまして、様々なお客様とお仕事をさせていただく中で次第に事業アイディアが生まれてきました。

ある日、そのアイディアを上司に話したのですが相手にされず、そこで初めて独立を意識しました。
やれるかはわからないけれど、もしダメならまた就職すればいいのかなという気持ちでした。

なので、当初はお客さんもいない。お客さんの取り方も知らない。お金もない。
パソコン1台だけあるという感じでした。

リスクに対する怖さは無かったのですか?
仕事のプロジェクトを通じて知り合い友人になった方もいたので、いろんなツテをたどって小さな仕事を1年間くらい続けました。
そこからどういった経緯でここまでの規模になられたのですか?
前に在籍していた会社でフリーになった方に「とある会社のシステムやるから手伝ってくれないか?」と声をかけられました。

そこで使用していたソフトウェアの使い方が難しかったのですが、開発に携わったことがきっかけで、ベンダーさんから「使い方などのトレーニングやってくれないか」という依頼がきました。
そこから月に4~5回のペースで教え始めました。それが教育の始まりですね。

もともと教育をされていたわけではなかったのですね。
全くなかったです。ただ、経験はなくてもベストを尽くして自分なりに精一杯頑張ろうと思いました。

そんな中、受講生の方々から「勉強になりました。ありがとうございます。」と感謝の言葉を頂けて、これはいい仕事だなって思うようになりました。

じゃあそのチャレンジから教育に目覚めたのですね。
経験のないことですから、チャレンジの連続です。

経営者になるための覚悟

そこから会社になるまでの流れは?
会社になるまでの流れは必然で、その時はまだ個人事業主だったのですが、忙しすぎて自分のお金がどうなっているかもわからないまま、請求書とか全部持って税理士のところにいって確定申告をしてもらいました。

そのときに税の知識を知り、こういうことは知っていないとダメだと感じました。
その話を友人にしたら「やりたいことやビジョンを明確にして、きちんと会社にし、税理士とも契約した方が良い」と言われ、法人にしました。

個人では背負いきれない程仕事に追われていたのですね。
でも仕事があるからこそ法人にしたというのはいいことですよね。
会社にして社員を雇うといろんな責任が生まれます。
自分に経営者としての才能がなければ会社を潰してしまうことになります。
だから自分が管理、会計、財務、税などの知識が一通りついて経営者としての自信がつくまでは人を雇ってはまずいと思い、39歳まで人は雇うことはしませんでした。

会社は毎年決算があるので、その時に会計科目を見て少しずつ勉強していきました。

そんな中、ある会社の社長室から声が掛かり、とあるプロジェクトのシステム作りに5年携わりました。そのプロジェクトを通じて社長室の方や社長の考え方や価値観など勉強をさせていただきました。
その経験は、僕にとっては社長業をやる上で根っこになっているものの1つです。

距離の近い経営者

そういったことを学ばれていって、いざ従業員を雇うことになった現在、接し方やまとめ方は何か意識されていますか?
僕は距離の遠い存在になりたくないと思っています。
なので社員にも「古川さん」と名前で呼んでもらっています。
そうなのですか。かなり柔らかい雰囲気の会社なのですね。
クリエイティブなものを作るにはコミュニケーションが重要だと思っているので、なるべく近い存在でいることを大事にしたいと思っています。

あとは頑張って結果を出してくださった方には、私個人としても感謝の気持ちを直接伝えています。
実はここのオフィスは移転をしたばかりなのですが、移転プロジェクトをリーダーを担当してくれた女性社員に、会社として評価するのはもちろん、僕自身としても感謝を伝えたくて、直筆の手紙と写真立てを用意して送りました。

なかなかそこまでしてくださる経営者の方はいらっしゃらないですよね?
僕自身がそういったことが好きなんだと思います。
お子さんができた女性社員にはお子さんの名前を彫った銀のスプーンを送ったり、結果を出してくれた営業担当にネクタイをあげたりもします。話をしている中で、どんな物が喜んでもらえるか考えて選んだりしています。

社員に、会社としてお給料を払うのはもちろんのこと、一人の人間として感謝は忘れないようにしています。これはずっと続けていきたいですね。

素晴らしいですね。
そういった取り組みをされているのは初めて聞きました。
気持ちは伝えたいですし、経営者だからって距離が離れることはしたくないですからね。
僕の仕事はずっとこの行動を続けられるように、より一層会社が発展するように、出来ることを精一杯やる。それだけです。
素晴らしい取り組みですね。
ムチを打つのではなく、前向きにモチベーションを上げてくれればいいなと思っています。
怒鳴ったり、叱ったりは簡単ですよ。でもそれは本人も萎縮しちゃうし、関係も悪くなってしまうので。

学生や未来の起業家へメッセージ

最後に学生や起業を目指している方にメッセージをいただけますか?
僕は諦めた者負けだと思っています。ずっと続けられるかが肝です。

僕自身起業した時、同年代で起業した仲間ともたくさん知り合いましたが、今同じ立場でお会いできる方は2人しかいないです。
それほど厳しい道のりなので、だからこそ諦めるのが負けだと思います。

突拍子もない飛躍はなかなかないので、諦めないで続けられることと、地道さというのは大事ですよね。継続は力なりですよ。

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