日本初!アメリカ式モーテルホテルを全国展開。シンプルで自由な、旅と暮らしをサポートする。 株式会社旅籠屋 甲斐真 社長

郊外の幹線道路沿いに立つ自動車旅行者のための宿泊施設「モーテル」。
アメリカではポピュラーな気軽に利用できるこのモーテルを、日本で初めてチェーン化し全国展開する株式会社旅籠屋さん。
創業に至るまでや事業にかける想い、日本人の生き方についても熱く語っていただきました。
人物紹介:甲斐真 社長
福岡県出身。法政大学社会学部卒業後、住宅メーカーに入社。その後転職も経て経験を積み、1994年 株式会社旅籠屋設立。学生時代は映画製作に没頭していた。

 

人物紹介:河村
TACHIAGEの起業家インタビュアー。愛知県出身。タイに2年住んでいたことがある。温泉旅行が好き。

迷い多き若かりし頃

今日は甲斐社長の幼少期から創業の頃の話まで、色々と聞かせていただけたらと思いますので、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
ご出身はどちらですか?
福岡の北九州です。
どんな子供時代を送っていらっしゃったんですか?
私は昭和27年生まれなので、当時は戦後の匂いがプンプンしていました。あちこち防空壕の跡があって、傷痍軍人がたくさんいて、日本は本当に貧しかったですよ。

父は八幡製鉄所(現在の新日鉄住金)に勤める東大卒のサラリーマン、父の兄弟もみんな東大で、いわゆるエリート家系でした。
とにかくいい大学に行っていい会社に入れっていうレールを敷かれていて、私は一人っ子だったので家族の期待は非常に高いものでしたね。

教育熱心なご家庭だったのですね。
厳しい家でした。だからそういうのがすごく嫌で、子供の時から反発していました。

高校時代は全共闘運動という学生運動が盛んで、仲間と討論する日々を送っていましたね。
父親に敷かれたレールの上を歩む人生が嫌で、とにかく大学なんか行かないと。それで高校卒業後は家を出てアパートを借り、アルバイト生活をしていました。

どんなことをされていたのですか?
工場や世論調査、社員食堂の飯炊きなんかもやっていました。
1年間くらいでしたが、様々なことをやりましたね。
親に反発して始めた生活でしたけど、結局自分は世間知らずで子供だったことに気づきました。
社会勉強の期間だったのですね。
そうですね。実際働いても仕事は面白くなかったです。
工場にいた時、周りがナンパやギャンブルの話ばかりしていて全く馴染めず、自分の居場所はここじゃないなと思いました。

かと言って何かやりたいことがあるわけでもなく、将来を考え直すためにも親に頭を下げて、大学に通わせてもらうことにしました。モラトリアムですね。
親の言っていた、いい学校に行っていい会社に勤めてということに納得したわけではないですけれど、とりあえずその日暮らしで貧乏していましたからね。
ちょっと疲れ果てたっていう感じでした。

大学時代は勉強以外にどんなことをされていましたか?

映画が好きで、映画製作に没頭していましたね。
ほとんど大学には行かないで映画を観るか、映画製作をするか、バイクに乗るかって感じでした。
映画の業界に進まれようとは思わなかったのですか?
自分達で製作した映画は結構評価されていたんですよ。『キネマ旬報』などいくつかの雑誌に紹介されたこともありました。
業界の人に一緒にやろうよなんて言われたりもして、当時は映画の世界に行きたいなとは思っていました。

でも、一緒に映画をやっていて私より一足早く社会に出て映画業界に入った仲間が、すごく苦労していたんです。
それを見ていてやっていくのは厳しいと感じ、目指すのをやめました。

学生生活を送られた後、就職っていう段階が来ると思うんですけど、1社目を選んだきっかけは何だったのですか?
私は就職活動はしなかったんですよ。
当時、サラリーマンに良いイメージがなくて、こんな人間にだけはなりたくないと思っていたんですね。
そうは言っても大学を出たらいつまでも親のすねをかじっているわけにもいかないし、何かしなきゃいけないとは思っていました。

私が大学の最後の時ですかね、社宅暮らしだった親が自宅を建てることになり、私も住宅メーカーとの打ち合わせに立ち会わせてもらっていました。そしたらその住宅メーカーの担当者がなかなかクリエイティブな人でして。

やり取りをしていくうちに、家づくりの面白さを感じるようになりました。そんな流れでその住宅メーカーに入社しました。

映画製作も住宅メーカーもモノづくりという共通点がありますから、やはりモノづくりに興味があったんですね。
そうやってある種普通のサラリーマンになられてみて、いかがでしたか?
当初は2〜3年で辞めるつもりでした。でも会社に入って初めて社会人になってみて、サラリーマンの悪いイメージが変わりましたね。
いろんな人がいますけど、みんな一生懸命に仕事と向き合っているんです。

そんな中で、負けず嫌いの私は仕事ができない奴だと思われるのが嫌だったので、一生懸命働いていました。
そのうち段々とあいつに仕事頼むとちゃんとやるな、みたいな話になってきて。

そうやって自分の居場所ができて、皆に頼られたり評価されるのが嬉しくて、仕事が楽しくなっていきましたね。

最終的に1社目は何年ぐらい勤められたのですか?
12、13年はいたと思います。
当初の予定と比べると長いですね。
そうですね。それで2社目はコンピューター用ソフトウェアを使って新しい住宅、都市全体を作るというプロジェクトに参画している会社に入りました。
3社目は廃棄物処理資源化プロジェクトですね。

いずれもリーダーのカリスマ性に惹かれての転職でした。
その後に起業することになります。

起業!アメリカ式モーテルホテルを日本へ

起業されて宿泊業を営まれるわけですが、事業内容を思いつかれたきっかけは何だったのでしょうか?
住宅メーカーにいた時の先輩で、アメリカの大学院の修士留学から戻ってきた人からモーテルの話を聞いたことがきっかけです。
車社会のアメリカでは、モーテルっていうのがどこへ行ってもあって、安くて広いので本当に家族の泊りがけの旅行には最適なのだと知りました。

それを聞いていいなと思って、なぜ日本にないんだろうっていう話になって、作れないかなと思いました。
実際にアメリカへ行って泊まってみて、とても気に入り、日本にもモーテルを作れば面白そうだと思ったし、日本社会に非常にいいインパクトを与えられるビジネスだと思いました。

モーテルについて詳しくお伺いしたいです。
モーテルの説明をしますね。まず日本でモーテルって言うとラブホテルを連想してしまいますが、本来は、車で旅する人が誰でも気楽に利用できる、素泊まりのロードサイドホテルのことです。

アメリカに行って車で走ると、とにかく無数にあるんですよ。どんな田舎町に行ってもあるんです。
なぜかと言うと、アメリカって車社会なんですね。
用事や旅行で車移動をする際に、宿泊インフラとしてモーテルがあるんです。

モーテルってアメリカではすごい身近なんですね。
身近なんです。もう話題にもならない。
ごくごく当たり前で、その数はガソリンスタンドやコンビニエンスストアよりもはるかに多い。
実際に泊まられてみて、いかかがでしたか?
「何もしてくれない」というのが印象的でした。
サービスがないってことですか?
海外へ行くとモーテル以外にもカルチャーショックを受けることは結構あります。
日本ほど消費者、お客さんがお客様扱いされる国はないですね。
痛感したのは、日本人の感覚からいくとこっちは客だぞと、そこまで無愛想に邪険にするかって。
それはありますよね。

でもしばらくして考えると、お客様扱いしてほしければそれなりの金を出せってことなんですよね。
つまり価値と価格のバランスっていうのが外国へ行くと痛感させられますね。
そうですね。日本ってどこに行っても接客が丁寧ですよね。

日本人ってみんな先回りして準備しちゃいますよね。
そういう日本人の親切心や気配りができるっていうのは悪い事じゃないですし一概に否定はしません。

ただ、その事が日本の社会なり日本人の生き方を息苦しくしているかと思います。
一人一人がどれだけ甘やかされて、依存し合って生きてるかっていうことです。
特に私の若い頃以上に今の若い人は本当に空気を読まされているので大変だと思います。

日本や日本人にとってモーテルの価値ってどのようなものだと思われますか?

誰も邪魔しない、好きにしろ。乾いているって言えば乾いていますけど、自由なんですね。
外国に行くと自分で踏み出さない限り何も起こりません。孤独な感じと自由っていうのは表裏一体なんです。

私はモーテルに泊まった時に、日本にこういう宿がいっぱいできたらもっと自立した旅やそういう考え方が少しずつ日本に広まるんじゃないかと思いました。
それはモーテルを日本に広めようと思った、まず1つのきっかけです。

付加価値をつけるのではなく、最低限のことしかせず自由さを重視するのですね!
他にもきっかけってありますか?
もう1つはですね、アメリカのモーテルで働いている人たちを見てすごく感銘を受けたんですよ。
田舎町の安いモーテルは、日本人の感覚からするとよくこんな所に客を泊めてお金をもらっているよなって感じなんですけど、みんな胸張って仕事をしてるわけです。

日本だと人間を学歴とか職歴とかで判断するっていう価値観が強い気がします。
つまり生身のひとりの人間じゃなくて、属性とか肩書きとかそういう物差しで人の優劣をつけるんですね。

でもアメリカのモーテルで働いている人達を見て、学歴・職歴なんていらなくて、そこで一生懸命責任感を持って仕事をすればいいわけだと思いました。
もし日本に100軒のモーテルがあれば、日本ではなかなか胸を張ってやっていく仕事に恵まれない人たちの、働く場所が作れると思いました。
これも私が会社を作ろうと思ったモチベーションです。

実際に事業として日本にモーテルを作られたわけですが、お客さんや周りの反応はどうでしたか?
もちろん相手にされないことはたくさんありました。
でも、安いから泊まったというお客さんから「良かったよ、のんびりできたよ」「これでいいんだよ、こういうのを待ってたんだよ」って声を結構いただけて報われました。

うわべだけじゃないコンセプトを追求  

起業当初、特に何に苦労されましたか?
事業計画、事業構想を色々練って、コンセプトをすごく考えました。
議論をたくさんしました。
その議論って自分を棚上げにしない議論なので、何か偉そうなことや批判を言うとお前はどうなんだって話になるんですね。
そういう意味で逃げ場がなくて、非常に厳しい議論でした。物事を深く考えましたね。

映画製作って段取りが大切なので、学生時代の映画製作の経験は起業する際に生かされたかもしれませんね。
とにかく、コンセプトを作ることって日本人は苦手なんですよ。

PR力が弱いみたいな?
PR力とはちょっと違うかもしれませんね。
会社のサイトって理念とか書かれていたりしますけど、ほとんどコンセプトにはなっていないなと思います。
社会に貢献するなんていうのはコンセプトとは言えないですね。

他の会社とどう違うのか、その会社ならではの、他には真似ができないことがなければコンセプトとは言えないので。
それを思いつきではなくて深く掘り下げていって、そこから会社が何をするかっていう具体的なポリシーとかを作っていかなければなりません。

そうですよね。うわべだけの言葉じゃなくて、他と違って何ができるのかということを打ち出せていない会社さんって、多分すごく多いと思います。
これから起業するっていう人もそこが分からずに漠然と始めてしまうって人も多いと思うので、この言葉ってすごく貴重だなと思います。

学生や未来の起業家へメッセージ

最後にこれから起業を目指す方や、学生の方に向けて何かアドバイスがあれば一言頂きたいです。
やっぱり学生の人に関して言えば、私がそうであったようにもっと世の中をリアルに経験した方がいいと思います。
いきなり起業というよりは社会に出るなりして色々学んで、リアルな体験をして現実を見てからっていう感じですか?
はい。独り立ちしてからじゃないと見えてこない気づきがあるんですね。
起業は人の気持ちとか、生きていく大変さの経験を少しでもしてから考えた方がいいと思います。

そこで働いている人ってリアルな生活や人生がかかっているわけなので、その人たちの気持ちややりきれない溜息とかが感じられるようにならないで人を雇ったり、何かビジネスをするっていうのは10年早いと言いたいです。

でもそれはその人の感性だから、3か月でも半年でもそれを感じられる人は感じられますし、10年やってもピンとこない人はピンとこないです。それはもう感じ取る力の問題ですね。

しっかり経験を積んで、自立してから考えるということが大事ですね?
そうですね。人の人生とか生きていく事の大変さとかを自分で感じ取れるようになってからでも遅くはないと思います。

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